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渋谷からPARCOが消えた日

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平手友梨奈って中森明菜なんじゃないだろうか。ツイッターってラジオだ!以来のコロンブスのタマゴ的な感想を抱いてしまうほど、新曲「渋谷からPARCOが消えた日」の平手友梨奈中森明菜している。

曲調、編曲、どれをとっても中森明菜
特にサビの「パルコパルコパルコパルコパルコ…パルコパルコオンリーッ!」の所は完全に「DESIRE」の「ゲラッゲラッゲラッゲラッバーニングハーッ!」である。

で、タイトル通り2016年8月7日にPARCOは渋谷から消えたのである。
あの日、あなたは何をしていただろうか。
僕はお笑いライブを見に行ってゲラゲラ笑っていた。


前作「サイレントマジョリティー」の"渋谷"というコンセプトを唯一セカンドシングルで引き受けているのがこの曲かと思うが、
この「渋谷からPARCOが消えた日」という曲をもってあのコンセプトは一旦終わってしまうのだろうか。
「今の東京を歌う」という、よく考えると最近では珍しい大好きなコンセプトだったので、サード以降も続けてほしいものだ。

 

「2019その頃私は大人」

 

という歌詞があるように、PARCOがまた渋谷に復活するのは2019年の予定だ。
歌っている平手友梨奈はちょうど18歳になる。

その頃自分はどうなっているのだろうか、渋谷の街はどうなっているだろうか…考えさせる歌だ。

ちなみに歌詞を書いている秋元康にもPARCOは想い出深い場所だったろうと思う。
古くはPARCOは秋元康がプロデュースしていたとんねるずがプロへの決心を固めた場所であり、最近だと乃木坂46の「16人のプリンシパル」が初めて行われたのもPARCO劇場でのことであった。


PARCOはかつては若者向けサブカルチャー雑誌「ビックリハウス」などの発行も行っており、単なるファッションビルでなく、文化の発信地的な意味も持つ大きな場所だった。

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ついこの間までスペイン坂スタジオで毎日のようにアイドルやバンドのミーハーなファンがごった返していたあの場所も、閉店からたった数日で当然のように閑散としてしまっていた。

 

しかし欅坂46のおかげで、見過ごしてしまいそうな街の風景がこんなにも詩的に思えてしまうのは、本当に凄い事だと思う。

終わりは始まりとはよくいうが、この曲にはそんな感覚も覚える。


単なる中森明菜のオマージュと思いきや、滅茶苦茶意味のある曲だ。
欅坂46、単なるアイドルグループにしては背負ってるものは大きい。

渋谷からPARCOが消えた日

渋谷からPARCOが消えた日