渋谷系も小室もポルノグラフィティが破壊した

PORNOGRAFFITTI 15th Anniversary“ALL TIME SINGLES”(通常盤)

暴論であることは重々承知の上である。

でも、確かにそんな気がするのだ。

ポルノグラフィティ(以下ポルノ)というのもなかなかなバンド名だ。
ポルノがデビューしたのは90年代の終わりである、
1999年。

その頃にはすでに勢いに衰えがあったと思うのだが、90年代はとりあえず渋谷系と小室の時代であった。
ヒットチャートの中心では小室哲哉による量産型ラブソングが氾濫し、その一方でそういったものに背を向ける若者たちが聴く渋谷系の音楽も、その大半はラブソングであったわけだ(この辺が特に暴論と思われるかもしれないが、その代表格であった小沢健二はつねに愛について歌っていたし、ピチカートファイヴもまた然りであると思う)。


かつて80年代、シブがき隊が「演歌なんて歌えない」という歌を歌ったとき、すでにチャート上で力を失っていた演歌の衰えは言語化される事によって決定的なものになったことだろう。

それと似たように、それまでの”90年代の音楽が積み重ねてきた価値観”をデビューしてから最初の3曲で否定し尽くし、いわゆるゼロ年代の価値観へ向かわせたのは、実はポルノだったのではないかと思うのだ。

まず衝撃的だったデビュー曲の「アポロ」では
「僕らはこの街がまだジャングルだった頃から 変わらない愛の形探してる」
という歌詞があるが、
これは手を変え品を変えてやたらと愛について歌うことを、
どこかで茶化しているとも取れる。
「地下をめぐる情報に振り回されるのはビジョンが曖昧なんでしょう」
なんて今こそより響くような歌詞まで登場する。

しかしながら穿った見方をしなければ「アポロ」は入り組んだ表現を使った純粋なラブソングともとれるのだが、より真に迫っているのがセカンドシングルの「ヒトリノ夜」である。

なんといっても曲の冒頭で
「100万人のために歌われたラブソングなんかに僕は簡単に想いを重ねたりしない」
と歌ってしまっている。
こういわれてしまったら当時ミリオンセラーのラブソングを量産していた小室哲哉は立つ瀬がなかったことだろう。
とはいえ渋谷系のみなさんも安心してはいられない。
サビでこう歌っている。

「だからロンリーロンリー甘いメロディに酔わされて
ロンリーロンリー口ずさむ痛みのない洒落たストーリー」

これは明らかに渋谷系批判と取ってよいと思う。
渋谷系のもっていた、ある種の空々しさまでも
痛烈に批判しているのだ。

しかし一方で
「君だけはオリジナルラブを貫いて」
などという歌詞があるのもどこか可笑しい。

というわけで一曲目のアポロでなんとなく持ち合わせていた前時代への批判的な意図が
この曲ではかなり具体的に表面化している。
前の時代を否定しつつ、この曲それ自体が新しい形のラブソングになっているのも見逃せない点である。
破壊と創造を同時にやってのけているのである。

そしてそして、三曲目の「ミュージックアワー」。
この曲でついにポルノによる新しい時代の構築は完成する。
よくあるFMの若者向けラジオ番組のような体をとったこの曲は、そういった番組で紹介される内容にありがちな、恋する自分に酔っているような態度を茶化している。
しかしながら前述した2曲と違わず、この「ミュージックアワー」も真っ直ぐに受け取れるラブソングになっているのだ。
「キミが夢を願うからミュージシャンも張り切ってまた今年も渚には新しいナンバー溢れていくよ」と、メタ表現まで登場する。

ベーシストのtamaが脱退する「愛が呼ぶ方へ」などの頃には、歌詞はどんどん純化されていったと思うのだが、
とくに最初の3曲で行われたポルノによるJPOPの歌詞の解体と再構築は、それからの歴史に大きな影響を与えたと思うし、彼らがいなければそういった渋谷系や小室系の世界はもう少し延命していたのではなかろうか。
誰かが言い出すのを待っていたようなそんな空気があったのも事実だったのだろうと思うが、
そういう90年代に隆盛を誇った文化に対する否定的な意思を持ちつつも、そのうえで新しいカタチも打ち出せたのは、ポルノ以外にはそうそう居なかったという事なのだろう。

ぎりぎりポルノグラフィティが出てきたくらいが、ヒットチャートに、分かりやすく否定するべき巨大な対象の存在する最後の時代だったのかもしれないが、
今こそ、ポルノの初期の曲のように、
"イマを否定して、新しい時代へと連れていってくれる曲"に、また出会いたいものだ。